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横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)1275号 判決 1983年2月15日

甲事件、乙事件原告

宇佐美曻

甲事件原告

箕輪こと

野﨑茂雄

原告訴訟代理人

岡村共栄

陶山圭之輔

一木剛太郎

中込光一

甲事件、乙事件被告

日本アルミ建材工業株式会社

右代表者

山屋忠一

被告訴訟代理人

山田有宏

田中俊光

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一被告が肩書地に本店、工場を有し、資本金二億円、従業員約六五〇名で、主としてアルミニウム建材等の製作、販売を業とする会社であること、原告両名がいずれも被告の従業員であり、原告宇佐美は昭和三六年に雇用され、現在計画部外注課に所属していること、原告野﨑は昭和四一年被告に雇用され、現在建材製品課に所属していること、原告両名がいずれも日本アルミ労働組合(以下「組合」という。)の組合員であり、組合伊勢原支部(以下「支部」という。)に所属していること、被告と組合との間の労働協約(以下「本件労働協約」という。)一八条が、

「 会社は組合員の政治的活動並びに公職就任の自由を認める。但し組合員は労働時間中及び社内においては一切の政治的活動を行わない。」

と規定し、同条覚書が、

「 1 本条にいう「政治的活動並びに公職就任の自由を認める」とは、政治的活動並びに公職就任について不利益な取扱いをしないことを意味する。但し社内における政治的活動に関しては、組合はその都度会社に事前に了解を求め、会社は差支えない場合これを認める。

2 前項の政治活動とは、選挙運動及び政党その他の政治団体の名に於て行う宣伝、入党勧誘、基金寄附金物品等の募集、集会、掲示及び各種印刷物の配布等の活動をいう。」

と規定すること、被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。」八五条が、

「 次の各号の一に該当するときは懲戒解職する。ただし情状によつて出勤停止、減給降格に止めることがある。

5 業務上の命令に理由なく従わず、職場の秩序を乱したとき

9 数回訓戒または懲戒を受けたにも拘らず、なお改悛の見込みがないとき

11 事業場の風紀または規律を乱したとき」

と規定すること、被告が昭和四九年七月一二日、本件就業規則八五条五号、一一号により、原告宇佐美に対し出勤停止三日、原告野﨑に対し出勤停止一日の各懲戒処分(以下「本件第一処分」という。)をしたこと、被告が昭和五〇年八月二五日、本件就業規則八五条五号、九号、一一号により、原告宇佐美に対し、出勤停止三日の懲戒処分(以下「本件第二処分」という。)をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二そこで本件各処分につきその懲戒事由の存否を判断するに、まず本件第一処分については、原告両名が昭和四九年六月一二日の昼の休憩時間中に被告構内において「赤旗」「日本共産党」などを引用した「選挙期間中でも自由にできる政治活動」「選挙期間中だれにでもできる選挙運動」と題した印刷物、革新共同発行の「すやま圭之輔の十五の公約」と題した印刷物をそのとき行われていた支部職場委員選挙の選挙立会人、選挙管理委員その他の従業員に配布したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、原告宇佐美が昭和四九年六月一二日昼の休憩時間中である午後零時一五分ころから四〇分ころまでの間、被告構内のタイムカード室付近、食堂入口付近、グランドなどで、①日本共産党神奈川県北部地区委員会宣伝部発行の赤旗読者ニュース第三七号、②「赤旗」「日本共産党」などを引用した「選挙期間中でも自由にできる政治活動」「選挙期間中だれにでもできる選挙運動」と題した印刷物、③革新共同発行の「すやま圭之輔の十五の公約」と題した印刷物の三種類のビラ(以下「赤旗選挙ビラ」という。)三枚一組とした約二、三十部をその時行われていた支部職場委員選挙の選挙立会人、選挙管理委員その他の被告従業員に配布し、その際被告の従業員津田治三に対しては同人の拒否にもかかわらずこれを無理矢理押しつけて受け取らせたこと、原告野﨑が同日昼の休憩時間中である午後零時二〇分すぎころ被告構内の建材工場において三枚一組となつた赤旗選挙ビラ三部を被告従業員に配布したこと、すやま圭之輔は、当時、近く行われることになつていた参議院議員選挙の立候補予定者であつたことが認められ(右認定を覆すに足りる証拠はない。)(なお、右認定の一部の事実は前記のとおり当事者間に争いがない。)、右事実によれば、原告両名の赤旗ビラ配布行為は、本件労働協約一八条覚書二項にいう選挙運動及び政党の名に於て行う印刷物の配布に該当するものであつて同条但書に違反し、かつ、本件労働協約の同条但書に違反することは被告における事業場の規律を乱すことになると解すべきものであるから、右行為は、本件就業規則八五条一一号の「事業場の規律を乱したとき」に該当すると解される。<中略>

三原告らは、労働時間中及び社内での政治活動の一般的禁止を定める本件労働協約一八条が、集会、結社の自由を保障し、国民が政治活動の自由を有することを認めている憲法二一条に実質的に違反し、公序良俗に反するものであつて無効であると主張する。

しかし、職場は業務遂行の場であつて従業員は職場内における政治活動の自由を当然に有するものではないこと、職場内における政治活動は従業員間の政治的対立を生じさせるおそれがあり、また使用者の企業施設管理権を侵害するおそれがあること、とくに就業時間中の政治活動は当該従業員の職務専念義務に違反するだけでなく、他の従業員の職務遂行をも妨げるおそれがあること、休憩時間中の政治活動であつても、それによつて前記のとおり従業員間の政治的対立を生じさせるおそれがある以上、その後における他の従業員の職務遂行を妨げるおそれも否定できないことなどの諸事情に鑑みれば、労働時間中又は社内での政治活動の一般的禁止は、集会結社の自由、国民の政治活動の自由に対して企業の秩序、規律維持の必要からされる合理的制約と解されるのであるから、本件労働協約一八条は公序良俗に反するものではない。

四また、原告らは、赤旗選挙ビラ配布行為、長洲ビラ配布行為に関して、休憩時間中のビラ配布行為をも一律に政治的活動にあたるとして禁止する本件労働協約一八条は労働基準法三四条三項に違反し、その限度で無効であると主張する。

しかし、労働者が休憩時間を自由に利用できるといつても、それが企業施設内でされる場合には、企業秩序、規律維持の必要からされる制約に服すると解されるところ、休憩時間中の政治活動であつても、それが従業員間の政治的対立を生じさせ、ひいてはその後における他の従業員の職務遂行を妨げるおそれの否定できないこと前記のとおりであるから、休憩時間中にされるものといえども社内における政治活動については、組合が会社に事前に了解を求め、会社がこれを認めた場合にのみこれが許されるとすることは、休憩時間の自由利用に対する合理的な制約というべきであり、したがつて、その旨を求めた本件労働協約一八条が労働基準法三四条三項に違反するものとは解されない。

五さらに、原告両名は、原告両名が共産党支持者であるというその思想、信条を理由として本件各処分がされたものであるから、本件各処分は憲法一四条、労働基準法三条に違反するものであつて無効であると主張するのであるが、本件各処分が原告両名の思想、信条を理由としてされたものであると認めるに足りる適確な証拠はないから、この点に関する原告両名の主張は理由がない。

六そこで、以下、本件各処分が被告の懲戒権の濫用によるものであるか否かについて判断する。

まず本件第一処分について、原告両名の赤旗選挙ビラ配布行為が被告に与えた影響については、<証拠>によれば、その当時、参議院議員選挙が近く公示されることになつており、右ビラに記載されているすやま圭之輔は右選挙に立候補することが予定されていたが、組合は右選挙で社会党を支持する旨既に決定しており、また、組合が支持する旨を決定した右候補者の中にすやま圭之輔は含まれていなかつたため、右ビラを見た組合員の中には、なぜそのようなビラ配布が許されたのか、それは組合方針に反するのではないか等の点について組合事務所へ問合せ、抗議に行つた者もあつたこと、同日午後の就業開始時刻である午後零時四五分を過ぎても被告従業員の一部は右ビラを読んでいたこと、その当時、支部においては、昭和四九年五月三〇日施行の支部執行委員選挙にあたり、同月二二日告示の選挙規則をめぐつて原告両名を含むグループと支部執行部との間に対立があつたが、原告両名の配布した赤旗ビラが前記のとおり参議院議員選挙につき組合の支持しない政党及び候補者の紹介、宣伝を目的とするものであつたため、これを契機として原告両名を含むグループと支部執行部との間の対立が熾烈化し、その結果、原告両名を含むグループはその後被告や組合、支部を非難するビラを門前で配布したことが認められ(右認定を覆すに足りる証拠はない。)、会社内における政治活動に対する被告の従前の対応については、<証拠>によれば、組合は各選挙毎に包括的にではあるがその支持する政党、候補者についての選挙活動の許可を事前に被告に求め、被告は組合が機関決定をしていて従業員間に対立のおそれのないもののみを許可してきたこと、被告が組合を離れた各従業員の会社内における政治活動に許可を与えたことはないことが認められ(右認定を覆すに足りる証拠はない。)、この点につき、原告両名は、本件第一処分がされるまでも昼の休憩時間中、原告両名がその参加している「日本アルミ労働者後援会」の会員に「赤旗」を配布したり選挙運動を公然と行つたりしていたが、被告からも組合からもこれをとがめられることはなかつたと主張するのであるが、仮に右事実が認められるとしても、被告が原告両名の右各行為を知りながら本件労働協約一八条を問題にせず、これを放任又は黙認していたと認めるに足りる適確な証拠はない。また、原告両名は、本件第一処分によつて原告両名の政治活動の自由が奪われたことになるのであるから、その受ける不利益は極めて重大であると主張するのであるが、本件労働協約一八条の定める政治的活動に対する制約が合理性を有するものであることは前記のとおりであるだけでなく、労働時間中又は社内における政治的活動の一般的禁止は、政治活動の自由の内容自体に対する制約ではなく、その行使の一態様について加えられるに過ぎないものであるから、これによる原告両名の政治活動の自由の制約が不合理なものであるとは解されない。よつて、その余についてみるまでもなく、本件第一処分が被告の懲戒権の濫用によるものであるとは認められない。

次に、本件第二処分について、原告宇佐美の大庭メモ交付行為の影響については、<証拠>によれば、大庭メモの交付を受けた小泉邦章が就業時間中であるにもかかわらず、右大庭メモを持つて自分と同じ課に勤務する被告従業員に対し、伊勢原市議会議員選挙では大庭豊に投票するよう依頼してまわつていたため、これを見とがめた同課の工場長である難波勝次が小泉邦章に注意してその投票依頼行為をやめさせたが、その六、七分後になつてもまだ小泉邦章が右投票依頼行為をやめなかつたため、作業長の杉崎公代が大庭メモを破つてすてたこと、小泉邦章は通常の人より知能がやや劣ることが認められ(右認定を覆すに足りる証拠はない。)、右事実によれば、右事態の生じたことは原告宇佐美の小泉邦章に対する大庭メモ交付行為に起因するものといわざるを得ないこと、原告宇佐美は、被告においては、就業時間中であつても被告の生産体制、生産能率に支障をきたさない程度の私用は黙認されており、原告宇佐美の大庭メモ交付行為もそれ自体を外形的にみると通常の黙認されている私用と異ならないから、これのみを懲戒処分の対象にするのは不当であると主張するのであるが、原告宇佐美の大庭メモ交付行為自体を外形的にみると通常の黙認されている私用と異ならないとしても、それによつて前記のとおり一時的ではあるにせよ被告従業員である小泉邦章、その上司である難波勝次、杉崎公代の作業を妨げ、職場を混乱させたものであることからすれば、その余についてみるまでもなく、本件第二処分が被告の懲戒権の濫用によるものであるとは認められない。<以下、省略>

(海老塚和衛 嘉村孝 佐賀義史)

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